Mystery Stronghold
    つの
    松尾城ミステリー(城郭編4) 
    ※stronghold は、「とりで」「要塞」の意味です




    観音像

松尾城は真田の里の北の守り、菅平高原へ登る144号線を直下に見下ろす、堅固な山城です。城跡は、松尾古城や角間の城ともよばれています。

しかし、なぜ松尾という名前なのか?
おそらく真田幸隆の築城ではないかというくらいしかハッキリわかっていません。

不思議なのが、上田市にある長野県立上田高校は、旧校名を「上田松尾高校」といいました。そして、上田駅から程近いあたりも、昔は松尾町、と言いました。

現在の上田高校の建物は真田昌幸が一時期住んだ屋敷跡で上田城の三の丸にあたるところ。
上田城は「尼が渕城」、また「松尾城」の別名をもっています。
城を築いた場所が、千曲川の支流の“尼が渕” なので、納得するのですが、松尾城と呼ばれる謂われが明確ではありません。

なにはともあれ、R144と旧菅平有料道路の交差点の近くから、尾根伝いに登る。
上り口の脇にとっても良い顔をした観音様(?)がいました。




角間の民家をのぞむ


松尾城本郭跡


虚空蔵菩薩?


 角間地区のあんちら様

安知羅明神の由来が実はよくわかりません。白山信仰にかかわる神様なのか。あるいは、薬師如来を守護する十二神将のうちの安底羅(あんちら)なのか。 この50cmたらずの木造は、烏帽子にシャクを持したお公家風の相貌なのでやはり盛装した幸隆像なのでしょうか?


砥石城上田城岩櫃城

けっこう急な尾根道を、枯れた松葉に足を滑らせながら登って行くと、二の郭と石垣が出現する。
左右の斜面は崖と言って良いほど急で、西の崖下には144号線、東の崖下に角間の民家が木の間から見える。

岩に取り付きながら最後の崖を登りきると、本郭(東西11m、南北14m)の石垣が出現する。これが松尾城の本郭跡なのだ。


    資料・松尾古城全図(拡大図65k)


この本郭から尾根伝いにさらに160mほど登ると、遠見番所跡があって上田まで一望できるそうだが、息が切れて登れないので、ここまででよしとしよう。

それにしても凄い山城だ。地の利からすると、標高970mの高さから、真田の里を一望に出来る絶好のロケーションなのですが、今は松の大木が茂っていて、眺望は得られない。残念!

城跡には、三峯社と虚空蔵菩薩の祠がある。と郷土史には書いてあるが、虚空蔵菩薩の祠?をのぞいてみると、そこに鎮座しているのは顔の部分が破損した、あんちら様に良く似た菩薩像でした。

松尾古城近くの角間地区で大切に祭られていた、安知羅明神(あんちら樣)の木像は、真田幸隆あるいは幸村の少年時代を写したものといわれています。
松尾城はやはり真田幸隆が築いたものなのかもしれない・・と思いつつ、木の間隠れに、ニホンカモシカの影を目にしながら下山しました。

  

少し下るとようやく、松の木の葉隠れに標高860mの真田本城跡を垣間見ることが出来た。今回登ったこの松尾城は、松尾古城といわれ、真田本城もまた松尾城という別名があり、松尾新城として区別されている。
さらに冒頭でふれたように、上田市の上田城も松尾城という別称があるのだ。つまり3つの松尾城が真田一族の進出とともに存在するということ。

これはやっぱりミステリーなのです・・・