出雲蕎麦のルーツは?
 
・・・やはり、信州蕎麦だった!
いささか古い雑誌であるが、
サライ「名君がたぐった 大名蕎麦
と言う特集。
この記事を要約すると


兵庫県の出石郡出石町は蕎麦が名物であり、出石町内に49軒も蕎麦屋が有る。
それは、出石藩主 仙石政明(せんごくまさあきら)が宝永3年(1706年)に上田藩からお国替えになったとき、伝えたものといわれている。 
上田から随伴してきた蕎麦職人を先祖に持つ蕎麦屋さん“南枝”が現在も出石町に営業している。

と言うものである。

サライ(小学館 2002年1月1日号)
真田昌幸が築城し、敗戦によって、家康の命によって棄却された上田城を、現在の上田城として再構築したのが小諸城の仙石政明である。


仙石氏にちなむ出石の蕎麦[南枝]


不昧公の蕎麦三昧?[荒木そば屋]
“松本そば店”は現在暖簾をおろしています
“真田の軍扇”にて紹介した推測が当たっていたのだ。 →記事へ
松本からお国替えになった松平直政が、同じように蕎麦職人を随伴して来たであろう事は容易に想像される。

サライの記事には、出雲の茶人として有名な松平不昧公(ふまい こう 松江藩七代藩主)は、蕎麦が大好物であったとの紹介が有る。

 茶をのみて道具求めて蕎麦を食ひ 庭をつくりて月花を見ん その他望なし大笑々々

初代の松平直政が松本から持ちこんだ蕎麦をこよなく愛し、その文化をお茶とともに末代まで伝えたと言う事なのだろう。

松江市に平成11年まで、松平不昧公おかかえの蕎麦屋だったと伝えられる蕎麦屋の屋号が“松本そば店”であったと言うに至っては、もうこれは、「出雲蕎麦のルーツは信州蕎麦である」と断言しても良いだろう。