真田と出雲の意外な結びつき発見!

現在の島根県松江市に、幕末まで続いた松江藩の松江城がある。
ここの天守閣はオリジナルに極めて近い形で保存修復されている名城の一つである。

現在、この天守閣内部は博物館となって、松江藩のさまざまな宝物展示を見ることができる。
この宝物の中に、ナンと!“真田の軍扇”が大切に展示されている。

松江城は慶長16年(1611)、秀吉子飼いの堀尾茂助吉晴が築城したので、その縁からかと思ったがそうではないらしい。
徳川家康の次男に結城秀康がいる。その秀康の三男に松平直政(すなわち家康の孫)がいる。
この直政が真田幸村からもらったものらしい・・・

なぜ、徳川が敵方である真田幸村から軍扇などもらうのか!?

ドレどれ (。。)... と解説を覗きこむと、以下の説明。
大坂冬の陣で、豊臣方の名将真田幸村が護る玉造門の攻防戦に直政公は、14歳の初陣を飾った。その勇敢な若武者振りに幸村は軍扇を投じてこれを賞した。

松平直政公の初陣図
とあった。

ああ、なんと素晴らしいエピソードではないか! 親子ほど年が違っても、名将、名将を知る。 
その後、松平直政は信州の松本に移封されているが、寛永15年(1638)18万6千石で松本から松江に移封され、以降、幕末の十代松平定安にいたるまで、230年間松平家の家宝として大切に保管されてきたという訳なのです。

真田の軍扇


松江城の天守閣
出雲蕎麦の謎

話はこれだけでは終わらない。
信州が全国で有数の蕎麦どころであることはいうまでもないが、西日本では所謂、蕎麦屋らしい蕎麦屋というのは出雲地方を除いてはあまり見られない。
しかも出雲蕎麦は、昔風のシッカリした田舎蕎麦である。
唯一関東の蕎麦と異なる所は、割り子に入っている蕎麦に、とても濃い蕎麦汁をかけて食べるところである。
なぜ出雲地方に信州蕎麦と酷似した蕎麦切りが存在するのだろう?

これは一説によると、松平直政が松本から松江にお国替えのとき、蕎麦と蕎麦切りの技術を持ってきたのではないか、といわれている。 (2002年謎が解明されました!)

機会があったら、ぜひ出雲蕎麦と信州蕎麦を食べ比べていただきたいものです。