永遠の父子像とは!?

2000年もあと1月ほどで暦がかわり、いよいよ21世紀の到来です。
遠く400年前の真田一族に思いをはせるとき、それぞれの父子関係がしのばれてなりません。

落語に「真田小僧」という小噺があります。
少々こまっしゃくれた子どもと、その子にやり込められる父親のやりとりを描く話ですが、落語ならではの親子の情愛を心に感じさせるものがあります。


真田大助 c 杉浦茂
さてさて物語りはというと・・・
子どもが父親にお小遣いをねだるのですが、聞き入れてくれません。
そこで一計を案じて「おっかさんがね・・・」と留守中の母親の話しをしはじめるのです。
父親の関心をひきながら、「この先を聞きたきゃお足*をおくれよ〜」ともったいぶります。 
(*お金)

さて、気になる父親は小遣いをあげるのですが、それは「按摩さん」がやってきたときの話で、子どもにまんまと小遣いをせしめられてしまうのです。

子どもにいっぱい食わされた父親は、真田昌幸・幸村父子の講談をひきあいにだし、「同い年のセガレも知略で敵方をけ散らした幸村くらい賢ければ」と母親に嘆きます。


真田幸村 c 杉浦茂
このやりとりを陰で聞いていた現代っ子(?)気質の子どもは、今覚えた講談をまねながら自分も幸村のように立派な少年になろうと、両親に期待させるのですが・・・

と、落語ではここで“落ち”がついておわるのですが、それは聞いてからのお楽しみということでここでは明かしません。

ちなみに、大坂落城ののちに流行ったという俗謡「花のような秀頼様を 鬼のような真田が連れて 退きも退きたる鹿児島へ」との「落ち延び伝説」を知っているとより面白いことでしょう。

幸隆―昌幸―幸村の真田三代、それぞれの父子関係のなかで、父から子へと「日本一」と称賛されるつわもの魂が伝えられます。そしてそれは少年大助にも伝わり、大坂夏の陣のおり幸村の嫡子として天晴れな最期を遂げますが。。。
しかしながら、世が世であって、武将の子としてでなく「真田小僧」に登場するような庶民の親子であれば、幸村と大助の間でこのようなたわいない父親と子のやりとりができたものであろうにと思うのは、太平の世に生まれた者の感傷にすぎないのでしょうか。

深〜き秋の夜長、親と子で語りあうひとときを持ちたいものですね。(^_^)

落語の「真田小僧」はCDやテープで聞くことができます。
昭和の名人といわれる五代目古今亭志ん生や同じく名人・六代目三遊亭圓生の両師匠の口演が巷間でています。
書店やお近くのAVライブラリーのある図書館などでお問い合わせになってみてください。
なお、志ん生の実の子息である当代の古今亭志ん朝師のものもありますので、落語家二代の口演を聴きくらべるのも一興かと。