佐久市野沢に移築されていた当時の御殿(右の建物)と奥座敷
 350年前、東京麻布の、アメリカ大使館(宿舎)の場所に建てられた、松代藩真田家の江戸屋敷(中屋敷)は、今もなお数奇な運命をたどっている。
 大坂夏の陣に散った真田幸村の兄、真田信之が礎を築いた松代藩は、明治に到るまで、真田一族として、たった一度もお国替えにならず10万石という信州最大の大名であった。そして信之自身(1658年93才で没)が、明暦元年(1655年)に建てたと思われる中屋敷が今回のお話の主人公です。
上屋敷
現在の郵政省内局に位置し、4958坪

中屋敷
現在の虎ノ門、アメリカ大使館(宿舎)、4870坪

中屋敷
現在の永田町、参議院会館、広さ(不明、他より小さめ)

中屋敷
現在の西新橋、広さ(不明、他より小さめ)

下屋敷
現在の江東区、永代橋を渡った所、4273坪
 真田は小藩でありながら、幕末には、上屋敷、3つの中屋敷、下屋敷を持っていた。明暦3年(1658年)の江戸の振り袖火事によって江戸城もろとも、江戸の80%が焼き尽くされたが、この虎ノ門の中屋敷だけは燃えずに残っていた。

すなわち、この屋敷以外の屋敷は、それ以降に場所を変え、形を変え新たに建てられた物と思われる。そして、この中屋敷が代々の隠居した殿様の住居であったそうである。廃藩置県の折りにも取り壊されず、関東大震災からも生き残った中屋敷は、太平洋戦争の戦火から逃れるため、鉱山王である中島信吉? 氏の手によって、中島邸として 長野県佐久市野沢に移築される。

 ただ、当然有るべき長屋門は移築されていない。 (明治初期に、売却されていたとも考えられる)



同玄関
 中島邸はその後、佐久市に2億円余で売却されたが、居住者の立ち退き問題などのトラブルをかかえ、市は中島公園として整備を進めるため、公園法の規制(敷地面積と、そこに立つ建物の面積の割合を決めた法律)に則り、1984年にその屋敷の公売を行う。

 これをわずか21万円で落札したのが、小県郡丸子町の鹿教湯温泉に、ホテル天竜閣を経営している今井さんだったと言う次第です。

しかし、これを、解体運搬するだけで6000万円もの費用がかかったそうです。
R145号線、鹿教湯温泉の入り口に、山に向かってデーンとそびえる真田屋敷の一部を見ることが出来ます。



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